暗号戦史
「シ行 作品」
作品名 真珠湾「騙し討ち」の新事実    日米開戦―その時、大使は教会にいた!
著者名 斉藤 充功
(「文芸春秋2003.12号」所収)

発行日:2003.11.20
出版社:文芸春秋
形式:月刊誌
目次
「なし」
ストーリーの概要
 太平洋戦争開始時における、所謂最後通牒とも言うべき対米覚書「通告文」の手渡しが、真珠湾攻撃開始後約1時間後であったことは、既定の事実である。
 では、その遅れの原因は何処にあったのか?今まで各種の文献で述べられているが、当時の大使館員たちの行動は、未だ一部しか判明しておらず、関係者による資料や発言に諸説あり真相は全て解明されていない。
 著者は、当時の在米日本大使館1等書記官・松平康東がある人物と語り合った「対談記録」を手した。

 外務省からの電報の受信状況、翻訳状況等の事実に関する疑問はともかく、筆者が入手した資料の尤も大きな事実は、日米開戦の当日、尤も緊要な時期に、陸軍主計大佐・新庄健吉の葬儀が大使館から10数分の所にある教会で行われ、大使以下主要な大使館員が列席していたことだ。
 「宣告文」が届いたが、牧師の悼辞があまりにも真に迫り、米側も誰も退席しなかったため、大使以下中途退席することが出来ず、1時間遅れの原因になった。
 葬儀の事実に関して、外務省及び関係者の記録、発言が異なるため、真相は闇の中だが、大きな謎の一つであろう。
暗号について
問題となった外務省本省からの「通告分」の電報の翻訳状況の具体的な経緯が述べられている。暗号電報の翻訳上の問題点を指摘している。
・このような重要な電報が、「郵便受けに詰まっていた」とは?
・電報の発信時間、配達時間が発言者により異なるのは?
・本省から予告電があったにもかかわらず、何故遅れたのか?
 「大使館員の勤務シフトと暗号翻訳の不手際」が定説。
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