海外の暗号小説
第24話 外交官と暗号 H18.1.22
 外交暗号といえば、太平洋戦争開始前に、在米日本大使館の暗号が米国に解読され、反面、日本大使館での翻訳が遅れたために米国に対する宣戦布告が無く、パール・ハーバーへの攻撃がだまし討ちと言われる原因になったことは、本ホームページをご覧になる方は良くご承知のことであると思う。
 もちろんそれだけではなく、日本の外務省あるいは大使館は、自己の暗号の強度を過信していたために、連合国側に解読されているとは夢にも思わず、戦前・戦中を通じて米国に解読され、日本の外交政策・情報は米国及び連合国側に筒抜けであった。
では、日本側はいつそれを承知し、どのような対策をとったのであろうか?残念ながら、不明である。現外務省の暗号が解読されていないことを望むのみである。

 それはともかく、今回の余話は、先日中国の在上海日本総領事館の男性館員が、中国公安当局による「遺憾な行為」によって自殺した事件が報道された事件についてである。

 事件は、昨年(2004年5月6日午前4時)、中国側から外交機密に関連する情報の提供を強要されていたとする遺書を残し、館員が総領事館内で自殺していたと言うものである。
 館員は、外務省との間で実施される公電の通信技術を担当する電信官であった。
 電信官とは、「外務職員の公の名称に関する訓令」第3条によると、「主として電信符号の組み立て若しくは解読又は電気通信事務に従事する職員」であり、「一等電信官、二等電信官、三等電信官及び電信官補」の名称・区分がある。
(*蛇足ながら、一般的に暗号用語の定義によると、「解読」は敵の暗号を読み取ることであるが、この訓令では、所謂「翻訳」あるいは「平文化」のことを「解読」と言っている。)
 電信官の特性上、その館員は、領事館と本省がやり取りする情報を全て知り得るのみでなく、「国家機密」に相当する情報を扱う立場でもあった。
 こういう場合の「遺憾な行為」とは、端的に言えば、スパイの強要等を意味し、外務省筋の解説では、「中国側の対応を強く批判した異例な表現」だと言う。

 館員は、カラオケクラブ「かぐや姫」(中国におけるカラオケは「女性による接待付の店」を意味する。)に通い、一人のホステスと親しくなった。館員はそのホステスから「私を助けて。私の友人に会って」等懇願され、「唐」と名乗る男性と接触することになる。「唐」は、恐らく最初は当たり障りの無い情報を求め、徐々に機密性の高い情報を聞き出そうとしたのだろう。館員はそういう状況に疲れ、異動を申請した。それを知った「唐」は、ホステスとのことをばらすと脅迫し、要求をエスカレートした。
要求した最大のものは、恐らく、その館員が扱った電文の内容は勿論、日本外務省の暗号システムに関する情報ではないだろうか。その館員は、「国を売ることになる」と遺書に書いたと言うことは、この暗号システムを含む情報の提供要求と思われる。

 外務省の元電信官の言によると「大戦中に米国に解読された教訓から、外務省はかなり複雑な暗号システムを構築している。一在外公館の電信官が漏らしても、世界中の在外公館と本省で送受信される暗号電文を全て解読することは限りなく不可能に近い。」「しかし、この世の中に絶対に解けない暗号など存在しない。その館員が、ソースの1つ又は、システムの一部を漏らしていれば、暗号解読の大きな手がかりにはなる。」

いずれにしろ、電信官である総領事館員が中国情報機関の工作に嵌められた事実自体が、国家機密漏洩の危機を意味することは言えるだろう。暗号を含み、在外公館のセキュリティは、かなり強化されているとは言え、ハード面のことであり、ソフト面特に人的セキュリティの強化が必要であろう。

外務省調査チームの調査結果
・暗号電文の内容が漏れていないかチェックし、電信システムのクリーニングを実施した。電信システムには異常なし。
・万が一の場合を考慮し、暗号システムを変更した。
・中国当局による働きかけは、類似のケースが数件発覚した。

断片的資料による推察であり、事実は異なるかも知れない。何れにしろ外務省暗号が解読されていないこと、、国家の機密が漏洩していないことを祈る。
自殺された館員のご冥福をお祈りします。が、外務省は、襟を正し、二度とこのような罠に陥る館員を出さないようにして頂きたい。

「各種新聞、インターネット、週刊文春を参照」
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