海外の暗号小説
第28話 海上自衛隊の情報漏洩事案は、日本海軍の伝統の継承か! H18.4.2
 2月に発生した海上自衛隊の情報漏洩事案は、防衛庁のみならず他官庁にも影響を及ぼした。と言うより、ウィニーによる同様の事案が表面化した。
 政府指導により各種対策が採られているが、ウィニー削除と言うより、情報管理体制の確立が緊要であろう。
 今回、暗号戦史の本棚で紹介した坂井三郎氏の「零戦の真実」を読み、厳正な規律が確立されていたと思っていた日本海軍の情報管理のお粗末さ、しかも高級将校の杜撰さに愕然とした。
海上自衛隊の体質は、この日本海軍の情報管理の杜撰さを引き継いでいるのだろうか!!!

「零戦の真実」に述べられている日本海軍の情報管理の杜撰さの例
・ 艦から娑婆に出るいわゆる上陸時、下士官・兵の持ち出す物品は徹底的に点検された。しかし、冷静に考えると妙な話で、一般下士官・兵が知りえる情報は、秘密とは言えないものばかりで、既に外部で知られているようなものばかりである。下士官・兵の行動を厳しくチェックしながら、数段上の情報を持つ准士官以上の行動は、全くのフリーだった。

・ ある高級参謀の自宅の机の上には軍極秘とも言える書類が不用意に置かれ、その官舎に使える女中や使用人が盗み見するのは容易であったと言う事実を数多く耳にした。

・ 真珠湾攻撃作戦では、直接身をもって攻撃にあたる全搭乗員がこの作戦を知りえたのは、単冠湾をハワイに向けて出向した後である。各艦は外界との一切の交流を遮断され、外界との音信は不能であった。そこまで秘匿されてあの奇襲実現となった。
 ミッドウェー作戦はどうであったか。聞くところによると、昭和17年の6月初めにミッドウェー攻略の大作戦が行われることは、呉軍港市内のよく士官たちの利用する床屋の主人たちでさえ知っていたと言われる。
 最近目を通したある高級海軍将校の手記に、「出撃前呉市内に上陸した海軍の兵士たちがミッドウェー作戦を口走ったことが米軍に漏れた」という事が記してあった。

・ 山本長官はミッドウェーへの出港前愛人と称する新橋の芸者に「・・・29日にはこちらも早朝出撃して、3週間ばかり洋上に全軍を指揮します。多分あまり面白いことはないと思いますが。今日は海軍記念日だから、これが峠だよ。・・・」と言うような手紙を送っている。(何ということか!!!)

・ 戦後、米国で聞いた話。 
 横須賀鎮守府と軍政・軍令の中心地である東京を結ぶ横須賀線は日本海軍のためにあったと言われるほどの重要路線。米英の諜報機関が目をつけないはずはなかった。
 「・・・私たち諜報機関は、始発から終電までスパイを入れ替わり立ち代り乗り込ませた。・・・特に現在のグリーン車、当時の2等車に重点をおいた。日本海軍の仕官は実におしゃべりで、1日に集めた情報を集計すると、横須賀鎮守府でその日何が行われ、何が起こったかを手に取るようにわかった。その付録として、軍令部・海軍省の情報も入手できた。」

・  「私は海軍少佐の軍服を着て、何度も海軍省に入ったことがあるんですよ。」:偽の外国仕官が、省内を徘徊できたとは!

 取るに足りない下士官・兵の情報漏らしを必要以上に厳しくチェックした士官たちが、このていたらくであったとは。
 最低の情報しか持っていない下士官・兵に、どんなに機密の漏洩を厳しく行ったと事で、ザルで水をすくうような話だった。
 
淋しい話だね!!!

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