海外の暗号小説
第67話 スパイ・ゾルゲの墓 H20.12.23
先日、多磨霊園を散策してきた。京王線「多磨霊園駅」から歩いた。
「多磨霊園駅」と言う立派な駅名なのに、多磨霊園の公式ホームページのアクセス案内にはこの駅は出てこない。
案内には、「西武多摩川線・多磨駅から徒歩5分。JR・武蔵小金井駅から京王バス・霊園表門下車徒歩2分」とあるのみ。

管理事務所で「東京都多磨霊園平面図」を購入。霊園の案内、霊園内の番地(これが平面図)と著名人墓所が書いてある。(この案内には多磨霊園駅があった。)

多磨霊園は、府中市と小金井市またがる場所にある都立霊園。大正12年に開園されたわが国最初の公園的風景を取り入れた大規模墓地。面積は都立霊園で最大の128万平方メートル、埋葬総数約40万体。
緑濃く、西南地区には浅間山公園もあり、著名人の墓をお参りしながら散策するには良い所だった。

今回は、軍人、文人を中心に回ったが、結構時間がかかり、予定の半分ほどで時間が来た。(暗く、寒くなる)
お参りした著名人:江戸川乱歩、児玉源太郎、西郷従道、高橋是清、東郷平八郎、平沼騏一郎、山下奉文、山本五十六、吉川英二、ゾルゲ等。

そこで、このサイトでも何冊かの本を紹介しているゾルゲ。
ゾルゲの墓だが、墓前にはゾルゲが英雄であるとの説明版と生花等が添えられていた。
反面、日本の旧軍人等の墓前は何もなく、寂しく感じた。と言うか、普通であろうが、ゾルゲの墓は何故違うのだろうか?

日本人にとって、決して英雄ではないはずだし、誰がこの墓を整備し、お供え等をしているのか不思議であった。
彼が戦争に反対しスパイ活動をしたとは誰も思わないのでは?

帰宅後、調べると次のようなことが分かった。
* ゾルゲが逮捕されて以降、ゾルゲがソ連のスパイであることを自供したものの、ソ連政府はかたくなにゾルゲが自国のスパイであることを否定し、その後もソ連の諜報史からゾルゲの存在は消し去られていた。
しかし1964年11月、ゾルゲに対して「ソ連邦英雄勲章」が授与された。

旧ソ連の駐日大使が日本へ赴任した際には、このゾルゲの墓参をするのが慣行となっており、ソ連崩壊後もロシア駐日大使がこれを踏襲していると言う。

* ゾルゲは昭和19年11月7日に巣鴨の東京拘置所で処刑される。処刑後のゾルゲの死体は引きとり手がなく、拘置所の手で雑司が谷の共同墓地に土葬されていたようだ。
戦後
石井花子さん(日本人妻)の手で掘り起こされて荼毘に付されてから多磨霊園に埋葬されます。このあと墓碑は直ぐには建てられず、昭和30年11月、関係者の寄付により墓碑が建ったようだ。

そのせいであろうか、ソ連大使館が行うPRの一環なのだろうか?

    
   ゾルゲの墓全景        墓碑(妻石井好子とある)       英雄視する碑      ゾルゲの同志名
   
                山本五十六墓碑                          東郷平八郎墓碑 
   
       児玉源太郎墓碑(夫婦の墓碑)                山下奉文(格式ではなく、一番整っていた)
   
             吉川英二                                 江戸川乱歩
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