海外の暗号小説
第94話 孤独死の老女は対独元工作員 H23.1.6
サンケイ新聞(H22.10.4)から

 英イングランド南西部のトーキーで9月初め、アイリーンーニアンさんが89歳で亡くなった。老女は誰にも自分の過去を語らなかったが、自宅にはフランス戦功十字章が残されていた。
 トーキ−は、作家アガサ・クリスティーの出生の地として知られる。
 アイリーンさんは、英特殊作戦執行部 (SOE)に所属し、1944年3月ナチス・ドイツの占領下にあったフランスにパラシュートで降下。23歳の誕生日を迎える数日前だった。
 SOEはチャーチル英首相によって組織され、欧州各地に潜入してレジスタンスを支援するなど後方撹乱を行ったため、「チャーチルの秘密軍隊」とも呼ばれた。その数1万3千人余とされる。
 フランス育ちで仏語に堪能だったアイリーンさんは志願してパリに潜伏。英BBC放送を通じて
暗号指令を受け、無線機で情報を返信した。
 44年6月に控えたノルマンディー上陸作戦に備えてドイツ軍の鉄道輸送を妨害するため、仏レジスタンス組織と連絡をとって、鉄道を破壊する爆薬や武器の投下場所とその時間をSOE本部に知らせるのが任務だった。
 上陸作戦が成功した後の7月、隠れ家がナチスの秘密警察に突き止められた。アイリーンさんは情報メモを燃やしたが、無線機や
暗号表を押収された。秘密警察はレジスタンス組織を割り出すため、彼女を裸にして水風呂で拷問を繰り返した。しかし、彼女はうその名前と住所を繰り返すばかりで決して口を割らなかった。45年4月。ドイツの収容所に送られる途中、逃走し米軍に保護された。
 戦後、アイワーンさんはSOEの仲間と交友を保ったものの、一般社会からは身を隠した。家族も窓人も持たなかったという。
 「アイワーンさんはナチズムと戦う強い意志を持っており、自白しなかった。しかし、何年も眠れぬ夜を過ごした。(拷問の)悪夢を誰とも共有できなかったのだろう】と英戦史家・フット氏は語る。
 地元在郷軍入会のジョンーペントリース氏は「トーキーの町で彼女を知る人は1人か2人だった。死後、多くの人が彼女の勇気と功績を知り、追悼の意をささげた」と話した。

* 女性の活動は英公文書で明らかになり、祖国を守ったヒロインヘの哀悼が静かに広かっている。
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 英国にような軍人を大切に扱う国でも、裏方は堂々と生きていけないのかと思うと忸怩たるものがある。
 日本では、旧軍人はマスコミやジャーナリストに悪人のように叩かれる。どんなに立派な行為を行った軍人でも誇りを讃える記事は少ない。まして、例えば陸軍中野学校出身者は、表に出ることはなく、虚しい気持ちでこの世を去って行った(行く)ことであろう。寂しい限りだ。

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